新しく力をつけてきた市民(商工業者や農民など)が中心となって、 国王などによる絶対的な支配(絶対王政)や、生まれながらに身分が決まっている古い社会の仕組み(封建制度)を倒し、 自由で平等な、市民が政治の主役となる社会を目指した革命のことです。
この革命の背景には、「人間の権利は生まれながらにあり、政府はそれを守るために存在する」といった啓蒙思想(けいもうしそう)が大きな影響を与えました。
一言でいうと、「イギリスの植民地だったアメリカが、独立を勝ち取り、新しい国を建国した革命」です。
当時、北アメリカの東海岸にはイギリスの13の植民地がありました。
イギリスは、フランスとの戦争で財政が厳しくなったため、植民地に対してお茶や書類などに重い税金をかけ始めました(印紙法など)。
植民地の人々は、「我々の代表がイギリスの議会に参加していないのに、勝手に税金を決めるのはおかしい!」と激しく反発しました。
この時の有名なスローガンが「代表なくして課税なし」です。
ボストン茶会事件(1773年): 税金に怒った人々が、ボストン港でイギリス船のお茶を海に投げ捨てる事件が起こります。
独立戦争の開始(1775年): イギリスとの間で武力衝突が始まり、独立戦争がスタートします。
植民地軍の総司令官はワシントンでした。
戦争のさなか、ジェファーソンらが起草した独立宣言を発表します。
ここには、「すべての人間は平等につくられ、生命、自由、幸福を追求する権利を持つ」という、啓蒙思想に基づいた革命の理念がはっきりと示されました。
フランスなどの支援: 植民地側は、イギリスと対立していたフランスなどの支援を受けて戦いを有利に進めます。
独立の承認(1783年): イギリスとの間でパリ条約が結ばれ、アメリカの独立が正式に認められました。
アメリカ合衆国の誕生: 世界で初めて、国民が主権を持つ共和国が誕生しました。
合衆国憲法: 三権分立(立法・行政・司法の権力を分ける仕組み)などを定めたアメリカ合衆国憲法が制定され、初代大統領にはワシントンが就任しました。
フランス革命への影響: この革命の成功は、後に起こるフランス革命に大きな勇気と影響を与えました。
一言でいうと、「フランスの国民が、国王による絶対王政と古い身分制度を打ち倒した革命」です。
革命前のフランスは、旧体制(アンシャン=レジーム)と呼ばれる厳しい身分制度がありました。
第一身分(聖職者)・第二身分(貴族): 人口の約2%。
広大な土地を持ち、税金を払わなくてよいなどの特権を持っていました。
第三身分(平民): 人口の約98%。
商工業者から農民まで様々ですが、国の財政を支える重い税金に苦しんでいました。
宮殿での豪華な暮らしやアメリカ独立戦争への支援で、国の財政は破綻寸前。
国王ルイ16世は、ついに特権身分にも課税しようとしますが、貴族たちはこれに猛反発します。
バスティーユ牢獄の襲撃(1789年): 国王が国民を弾圧しようとしているという噂が広まり、怒ったパリの民衆が政治犯が収容されていたバスティーユ牢獄を襲撃しました。
これが革命の始まりです。
人権宣言:
国民議会は、ラ=ファイエットらが起草した人権宣言を発表しました。
「人間の自由と平等、国民主権、私有財産の不可侵」などをうたい、近代的な市民社会の原則を示しました。
国王の処刑と共和制: 国王ルイ16世は国外逃亡を図って失敗。
国民の信頼を失い、ギロチンで処刑されました。
これにより、フランスは王政を廃止し、共和政となります。
ロベスピエールの恐怖政治: 周辺国が革命の広がりを恐れてフランスに攻撃を仕掛ける中、革命の指導者ロベスピエールは急進的な改革を進め、反対派を次々と処刑する恐怖政治を行いました。
ナポレオンの登場: 恐怖政治の混乱の中から、軍人ナポレオン=ボナパルトが登場。
彼はクーデターで権力を握り、後に皇帝となってヨーロッパの大部分を支配しました。
フランス国内の絶対王政と封建的な特権を完全に破壊しました。
「自由・平等・友愛」をスローガンとするフランス革命の理念は、ナポレオンの遠征によってヨーロッパ中に広まり、世界中の近代市民社会の成立に大きな影響を与えました。
| アメリカ独立革命 | フランス革命 | |
|---|---|---|
| 目的 | 独立と新しい国づくり | 国内の古い体制の打破 |
| 主な敵 | 宗主国イギリス | 国王・特権身分 |
| 重要な宣言 | 独立宣言 | 人権宣言 |
| 結果 | アメリカ合衆国の建国 | 絶対王政の崩壊 |