今から数万年以上前から、約1万数千年前に終わるまでの時代です。
当時は氷河時代で、日本列島はまだ大陸と陸続きの部分があり、マンモスやナウマンゾウといった大型の動物が暮らしていました。
狩猟・採集の移動生活:
大陸からやってきた人々は、これらの大型動物を追いかけて、狩り(狩猟)をしたり、木の実を採集したりして暮らしていました。
食料を求めて常に移動していたため、一つの場所に定住することはなく、洞窟や岩かげを住処としていました。
石を打ち欠いて作っただけの、鋭い刃を持つ打製石器を使用していました。
動物の解体や、木を削るのに使われました。
この時代の遺跡として、群馬県の岩宿遺跡(いわじゅくいせき)が非常に有名です。
ここで関東ローム層から打製石器が発見されたことで、日本にも旧石器時代があったことが証明されました。
約1万数千年前から、紀元前4世紀頃まで続いた、非常に長い時代です。
氷河時代が終わり、地球の気候が温暖化したことで、日本列島は大陸から切り離され、ほぼ現在の形になりました。
大型動物は姿を消し、代わりにニホンジカやイノシシといった、動きの速い中小動物が増え、森が豊かになりました。
縄文土器(じょうもんどき):
表面に縄目(なわめ)模様がついていることから、この名前が付きました。
土器の発明により、食べ物を煮炊きできるようになり、食生活が格段に豊かになりました(アク抜きなど)。
また、食料の貯蔵も可能になりました。
磨製石器(ませいせっき): 石を磨いて作った石斧(せきふ)などで、木を加工する技術が向上しました。
弓矢: 動きの速い動物を狩るために、弓矢が発明されました。
骨角器(こっかくき): 動物の骨や角で作った、釣り針や銛(もり)なども使われました。
温暖化で森が豊かになり、木の実(クリ、ドングリなど)が安定して採れるようになりました。
また、海流の変化で魚介類も豊富になりました。
土器による食料の保存が可能になったこともあり、人々は一つの場所に定住するようになりました。
住居は、地面を掘り、柱を立てて屋根を葺(ふ)いた「竪穴住居(たてあなじゅうきょ)」でした。
人々は数軒の住居からなるムラ(集落)を作って暮らしました。
人々は自然の力(アニミズム)を信仰していたと考えられています。
土偶(どぐう): 女性をかたどったものが多く、豊かな実りや子孫繁栄を祈るために作られたと考えられています。
遮光器土偶(しゃこうきどぐう)が有名です。
貝塚(かいづか): 縄文人が食べた貝殻や動物の骨などを捨てた場所で、当時の食生活を知る手がかりとなるため「縄文時代のタイムカプセル」と呼ばれます。
東京都の大森貝塚が有名です。
交易: 黒曜石(石器の材料)やひすい(装飾品)などが、遠く離れた場所の遺跡から見つかっており、ムラ同士の交流(交易)があったことがわかります。
| 旧石器時代 | 縄文時代 | |
|---|---|---|
| 時代 | 氷河時代(大陸と陸続き) | 温暖化後(ほぼ現在の日本列島) |
| 主な道具 | 打製石器 | 縄文土器、磨製石器、弓矢 |
| 暮らし方 | 移動生活 | 定住生活 |
| 住居 | 洞窟、岩かげ | 竪穴住居(ムラを形成) |
| 食料 | マンモスなどの大型動物の狩猟 | 中小動物の狩猟、木の実の採集、漁労(魚介類) |
| その他 | 岩宿遺跡 | 土偶、貝塚(大森貝塚) |
縄文時代は、狩猟・採集の生活でありながら、土器の発明と気候の温暖化によって、世界的に見ても早くから定住生活を始めていたことが大きな特徴です。
約1万年もの長い間、自然の恵みを巧みに利用しながら、平和で豊かな文化を育んでいた時代と言えます。