18世紀後半になると、それまでめったに見かけなかった欧米の船が、日本の近海に現れるようになります。
産業革命の影響: ヨーロッパやアメリカで産業革命が進むと、クジラの油を機械の潤滑油などとして使うため、捕鯨船が太平洋にやってきました。
これらの船は、水・食料・燃料(薪)を補給するために、日本の港に立ち寄りたかったのです。
ロシアの南下: ロシアは、不凍港(冬でも凍らない港)を求めて南下政策を進め、ラクスマンやレザノフといった使節を日本に派遣し、通商(貿易)を求めました。
これに対し、幕府は鎖国を続けるため、1825年に「異国船打払令(無二念打払令)」を出し、日本の海岸に近づく外国船は理由を問わず撃退せよ、という厳しい姿勢を示しました。
そんな中、隣の国である中国(当時の清)で、日本に衝撃を与える大事件が起こります。
それがアヘン戦争です。
どんな戦争?: イギリスが清にアヘン(麻薬)を密輸し、清がそれを取り締まったことをきっかけに始まった戦争です。
衝撃的な結果: 最新の軍艦や鉄砲を持つイギリスが、アジアの大国であった清に圧勝しました。
日本への影響:
オランダからの報告でこの戦争の結果を知った幕府は、「あの清でさえ、西洋の軍事力には全く歯が立たないのか…」と、欧米の強さを思い知らされ、大きな危機感を抱きました。
このまま異国船打払令を続けて、もしイギリスなどと戦争になれば、日本も清の二の舞になってしまうと恐れました。
この結果、幕府は方針を転換し、1842年に薪水給与令(しんすいきゅうよれい)を出します。
これは、遭難した船などには水や食料を与えて、穏便に帰ってもらうというもので、異国船打払令を緩めるものでした。
アヘン戦争の衝撃から約10年後、ついに日本を大きく揺るがす出来事が起こります。
誰が?: アメリカ東インド艦隊司令長官 ペリー
どこへ?: 浦賀(現在の神奈川県横須賀市)
どんな船で?: 煙をもうもうと吐く巨大な蒸気船。
日本人からは「黒船」と呼ばれ、大きな恐怖を与えました。
目的は?: アメリカ大統領からの国書(手紙)を幕府に渡し、日本の開国と通商を求めること。
アヘン戦争の情報を知っていた幕府は、アメリカと戦争になることを避けたかったため、ペリーの威圧的な態度に屈し、国書を受け取らざるを得ませんでした。
ただし、すぐに返事はできないとして、「1年後に回答する」と約束し、ペリー艦隊をいったん退去させました。
これまで約200年以上、外交問題を独断で決めてきた幕府でしたが、この国難をどう乗り切るべきか、結論が出せませんでした。
そこで、幕府は朝廷に事態を報告し、全国の大名にも意見を求めるという、前例のない行動に出ます。
このことが、結果的に以下のような状況を生み出しました。
幕府の権威の低下: 「幕府だけでは何も決められないのか」と、人々の幕府への信頼が揺らぎ始めます。
朝廷の権威の復活: 政治から遠ざけられていた天皇や朝廷に、再び注目が集まるようになります。
国内の対立: 国論は二つに分かれ、激しい対立が始まりました。
開国派: 欧米の力を認め、貿易を始めるべきだという考え。
攘夷(じょうい)派: 外国を武力で打ち払い、鎖国を続けるべきだという考え。
このペリー来航をきっかけに、日本の長い鎖国は終わりを告げ、国内は「幕末の動乱」と呼ばれる激しい政治の季節へと突入していくのです。