まず、明治政府が目指した国の大きな目標、スローガンが「富国強兵」(ふこくきょうへい)です。
富国 → 国を豊かにする(経済力・産業力をつける)
強兵 → 軍隊を強くする(軍事力をつける)
江戸時代末期、日本は欧米列強と不平等条約を結ばされ、常に外国に植民地にされるかもしれないという危機感がありました。
そこで、「欧米諸国に追いつき、追い越せ」を合言葉に、経済的にも軍事的にも強い近代国家を作ることが、明治政府の最大の目標でした。
この目標を分かりやすく表したのが「富国強兵」という言葉です。
「富国強兵」という目標のうち、「富国(国を豊かにする)」を実現するために政府が進めた経済政策が「殖産興業」(しょくさんこうぎょう)です。
一言でいうと、「政府が主導して、国内の産業(特に近代産業)を育成しよう」という政策です。
政府は、まず自分たちがお手本を示す形で、次々と新しい産業を興していきました。
官営模範工場の設立
政府が直接経営する近代的な工場を全国に作りました。
目的は、欧米の進んだ技術を日本に導入し、日本の技術者に学ばせる「お手本(模範)」を示すことでした。
代表例: 富岡製糸場(とみおかせいしじょう、群馬県)
フランスの技術を導入した、生糸を生産する工場。
日本の重要な輸出品であった生糸の品質向上と大量生産を目指しました。
交通・通信網の整備
人や物資、情報を速く正確に移動させるため、近代的なインフラを整備しました。
鉄道の開通: 1872年、新橋(東京)〜横浜間に日本で最初の鉄道が開通しました。
電信網の整備: 主要な都市を電信線で結び、情報の伝達をスピードアップさせました。
新しい制度の導入
貨幣制度の統一: それまで藩ごとにバラバラだったお金を廃止し、「円」という新しい単位に統一しました。
銀行制度の整備: 国立銀行を設立し、産業を興すためのお金が円滑に流れる仕組みを作りました。
「富国強兵」のもう一つの柱、「強兵(軍隊を強くする)」を実現するためには、以下の政策が進められました。
身分に関係なく、満20歳になった男子に兵役の義務を課しました。
これにより、武士(士族)だけでなく、国民全体からなる近代的な軍隊(国民皆兵)が作られました。
これらの「富国(殖産興業)」と「強兵(徴兵令)」を進めるには、莫大なお金が必要です。
その安定した財源を確保するために行われたのが地租改正(ちそかいせい)(1873年)です。
江戸時代まで: 米の収穫高に応じて、米で税(年貢)を納めていた。
→ 豊作・凶作によって税収が不安定。
地租改正後:
土地の価値(地価)を定め、その3%を現金で納めるようにした。
これにより、米の豊凶に関係なく、政府は毎年安定した税収を得られるようになりました。
この安定した税収があったからこそ、政府は官営工場を建てたり、軍隊を維持したりすることができたのです。
| 分類 | 政策・スローガン | 目的・具体例 |
|---|---|---|
| 大目標(スローガン) | 富国強兵 | 欧米に負けない、豊かで強い国をつくる! |
| 経済政策(富国のため) | 殖産興業 | 富岡製糸場などの官営工場を建て、産業を育てる! |
| 軍事政策(強兵のため) | 徴兵令 | 国民による近代的な軍隊をつくる! |
| 財政の土台 | 地租改正 | 安定した税収を確保し、全ての改革を支える! |
このように、明治政府は「富国強兵」という大きな目標に向かって、計画的に様々な改革を進めていったのです。