一言でいうと、「ヨーロッパの国々の対立が原因で始まり、世界中を巻き込んだ大規模な戦争」です。
背景: 19世紀後半、ヨーロッパの列強(イギリス、フランス、ドイツ、ロシアなど)は、植民地の獲得をめぐって激しく対立していました。
各国は勢力拡大のため、それぞれ同盟を結んでグループを作り、にらみ合っていました。
三国同盟: ドイツ、オーストリア、イタリア
三国協商: イギリス、フランス、ロシア
1914年、バルカン半島のサラエボで、オーストリアの皇太子夫妻がセルビア人の青年に暗殺される事件が起こりました(サラエボ事件)。
これを機に、オーストリアがセルビアに宣戦布告すると、それぞれの同盟国が次々と参戦し、あっという間にヨーロッパ全土を巻き込む大戦争へと発展したのです。
総力戦: 国民全体を動員し、国の経済力や技術力すべてを注ぎ込む「総力戦」となりました。
新兵器の登場: 戦車、飛行機、潜水艦、毒ガスといった新しい兵器が使われ、これまでにないほど多くの犠牲者を出しました。
ヨーロッパが主戦場だったこの戦争に、なぜアジアの日本が参加したのでしょうか。
日本はイギリスと日英同盟を結んでいました。
日本は、この同盟を理由に「同盟国であるイギリスを助ける」という名目で、連合国(協商国)側として参戦しました。
日本政府の本当の目的は、この戦争をチャンスと捉え、中国大陸における日本の権益(権利や利益)を拡大することでした。
特に、対立陣営であるドイツが中国に持っていた拠点や利権を、この機に奪い取ろうと考えたのです。
日本はドイツに宣戦布告すると、大軍を送って、ドイツが支配していた中国の山東(さんとう)省にある青島(チンタオ)などを占領しました。
さらに、太平洋にあったドイツ領の島々(南洋諸島)も占領しました。
主戦場であるヨーロッパから遠かったため、日本は戦争による被害をほとんど受けませんでした。
むしろ、この戦争を利用して国力を大きく伸ばします。
ヨーロッパの列強が戦争に集中している隙に、日本は中国の袁世凱(えんせいがい)政府に対し、二十一か条の要求と呼ばれる非常に強引な要求を突きつけました。
内容:
ドイツが山東省に持っていた権益を、日本が引き継ぐこと。
南満州や内モンゴルにおける日本の利権を拡大すること。
など
この要求は、中国の主権を無視する内容だったため、中国国民の激しい反発を招き、日本の侵略に対する警戒感を高める原因となりました。
ヨーロッパの国々が戦争で工場などが破壊され、工業生産が落ち込むと、日本に注文が殺到しました。
日本は、軍需品や船、綿織物などをアジアや連合国に大量に輸出し、空前の好景気に沸きました。
これを大戦景気といいます。
この好景気によって、急にお金持ちになる「成金(なりきん)」が登場するなど、社会は大きく変わりました。
日本の工業生産額は農業生産額を上回り、日本はそれまでの借金国から、外国にお金を貸す債権国へと変わりました。
第一次世界大戦は、日本にとって戦場から遠く、犠牲も少ない戦争でした。
日本は、この戦争を巧みに利用して中国での権益を拡大し、大戦景気によって経済大国・工業国へと成長する大きなきっかけをつかみました。
しかし、その強引なやり方(特に二十一か条の要求)は、中国や欧米諸国の反発と警戒を招き、後の国際関係に大きな影を落としていくことになります。